1. 概要
『人新世の「資本論」』は、マルクス主義を基にした環境思想を展開する哲学者・斎藤幸平氏が提唱する「脱成長コミュニズム」をテーマにした書籍である。本書は、気候変動や生物多様性の喪失といった「人新世」と呼ばれる地質学的時代において、資本主義が引き起こす環境破壊を批判し、経済成長を前提としない新たな社会モデルの必要性を説いている。
著者は、マルクスの未完の著作に残された自然観や共同体論を再評価し、それを現代社会に適用することで持続可能な未来を描く。特に「脱成長」という概念を軸に、環境問題を克服し、平等で潤沢な社会を構築する道筋を提案している。
書籍情報
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2. 人新世とは何か
1. 地質学的時代としての人新世
「人新世(Anthropocene)」とは、人間活動が地球環境に及ぼす影響が顕著となり、地質学的に新しい時代に入ったことを示す概念である。本書では、人新世を「気候変動」「生態系の破壊」「生物多様性の喪失」など、人類が引き起こした危機の象徴として捉えている。
2. 資本主義との関係
人新世における危機は、資本主義的生産様式が根本原因であると著者は指摘する。特に、大量生産・大量消費を基盤とする「帝国的生活様式」が、地球環境の破壊を加速させていると批判している。
3. 気候ケインズ主義の限界
1. 経済成長と環境対策の矛盾
グリーン・ニューディールや気候ケインズ主義のように、経済成長を前提とした環境対策は根本的な矛盾を抱えている。経済が成長するほど環境負荷が増大し、持続可能性が損なわれるという指摘は本書の核心である。
2. 資本主義的アプローチの問題点
気候変動対策としての再生可能エネルギーの普及やテクノロジーの進化は重要だが、それだけでは資本主義自体が生む環境破壊の根本原因を解決できない。著者は、こうした「資本主義内での改革」は不十分であり、経済システムそのものを変える必要があると述べている。
4. マルクスの思想再評価
1. 晩年のマルクスと自然観
著者は、マルクスの晩年の研究に注目し、自然との共生を重視する視点が見過ごされてきたと指摘する。特に、共同体的生産様式や「代謝論」(自然と人間の相互作用の調和)に着目し、現代の環境問題解決に役立つ思想であると再評価している。
2. 脱成長とコミュニズム
マルクスの思想を基にした「脱成長コミュニズム」は、経済成長を追求せず、共同体的価値観を重視した社会モデルである。このモデルでは、資源の共有や平等が重要視され、環境負荷を抑えつつ人間の幸福を最大化することが目指されている。
5. 脱成長コミュニズムの提案
1. 欠乏から潤沢への転換
資本主義が「欠乏」を煽り続ける一方で、脱成長コミュニズムは「潤沢」を共有する社会を目指す。この転換は、消費や競争を抑え、限られた資源を全員が公平に享受することで実現される。
2. 社会的連帯と気候正義
脱成長コミュニズムは、気候変動問題と社会的不平等を同時に解決する「気候正義」の実現を掲げている。これは、気候変動が貧困層により深刻な影響を及ぼしている現状を是正し、平等な社会を構築するためのアプローチである。
6. 加速主義とその限界
著者は、技術革新や経済成長によって問題を解決しようとする「加速主義」を批判する。これらのアプローチは環境問題の根本原因を見誤っており、持続可能な解決策にはならないと述べている。技術の進歩は重要であるが、それを過信することは危険であると警鐘を鳴らしている。
7. まとめ
『人新世の「資本論」』は、資本主義の限界を鋭く指摘し、脱成長コミュニズムという新しい社会モデルを提案することで、気候変動や環境破壊の根本的解決を目指している。著者は、経済成長を追求しない生き方が、環境と人間の両方を救う道だと主張する。
本書は、現代社会の課題に対して哲学的・経済的な視点から切り込む力強い提言であり、環境問題や社会的不平等に関心を持つすべての人にとって必読の一冊である。